ワイ卿とガレス 生前の妄想(改訂版)


日が沈み、夜も更ける頃。
夜の帳の中であっても、その壮麗さが失われる事の無い白亜の城がブリテンの地に聳えていた。

ここはアーサー王が住まうキャメロット、その中に設けられた兵士達の訓練場。
“円卓の騎士”も利用するこの場所の片隅に、"ソレ"は存在していた。

"ソレ"は巨大な鉄柱、───否、巨大な鉄槍だった。
大の男が十数人がかりで運用する小型の破城槌の類いと錯覚してしまう程の重厚さと、どんな物でも貫き通せそうな鋭さを併せ持った巨大鉄槍が、槍掛代わりの岩の上に置かれていた。

訓練場の置物(オブジェ)と言われても納得する様なこの槍の持ち手辺りから、とある少女の悪戦苦闘する声が聞こえる。

「ふんっ…!ぐっ…、うぅん…!」

少年の様な雰囲気を纏うこの少女の名はガレス。あどけなさが残る可愛らしい出で立ちをしているが、若くして“円卓の騎士”に身を置く将来有望な騎士の一人だ。

「ハァ…、ハァ…、……駄目、やっぱり持てない…」

そんな将来有望な彼女でもこの巨大鉄槍を持つ事は叶わなかった。
持ち手の部分を自分の胸の辺りまで上げるのが限界で、先端部分を地面から離す事は出来なかったのである。

これではこの槍を持って戦う事は疎か、そのための鍛練も出来やしない。
槍を元に戻したガレスは自分の非力さと未熟さに打ちひしがれていた。思わず溜息が出てしまう。そうして息を吸い込み──

「ガレス?」「ぅひゃあ!?」

──溜息となる筈だった呼気は、背後から急に呼びかけられた事による驚きの声となってガレスの肺から抜け出て行った。

「すみません。驚かせるつもりは無かったのですが…」

彼女の名はワイ。アーサー王に仕える騎士の中で随一の巨体の持ち主であり、"不倒の騎士"、"不沈の騎士"など様々な異名で知られ、ガレスが持ち上げようとした巨大鉄槍の使い手でもある豪傑だ。

「ワ…、ワイ卿。いつからそちらに…?」
「城内の部屋の戸締まり確認の途中でして、訓練場に貴女の姿が見えたので声をかけようとしたのですが…」

まさか彼女特有のズシンズシンという足音に気付かない程に槍を持ち上げる試みに集中していたとは。
ガレスは何とか自分の行いを有耶無耶に誤魔化せないかと考えていた。

「わ、私はちょっと忘れ物を取りに来ただけです。もう戻るところでした」
「…それ、私が戦で使う槍ですよね。無理に持ち上げようとしたらケガをしてしまいますよ?」
「え、えぇと…、はい。それはそうなんですが……、その…」

どうやらバッチリ目撃されていたらしい。これでは誤魔化しは利かない。
ガレスは逡巡していた。巨大鉄槍の所有者であるワイ本人に見られていた事で、事情を話さない訳にはいかなくなった。しかし、経緯が経緯だけに口にしづらいのだ。

「……何かあったみたいですね。私で良かったら話してみてくれませんか?ガレス?」
「………実は」

この二人がよく話合う仲であり、ワイが優しく尋ねた事もあって、ガレスは事のあらましをポツリポツリと語り始めた。

キャメロットにはアーサー王の下に集った三百人以上に上る騎士が在籍している。誰もが秀でた武芸の腕と勇猛な精神を誇る精鋭達だ。
その中でも“円卓の騎士”と呼ばれる者は最も優れた武勲と勇敢さの持ち主と見なされている。
アーサー王を筆頭に"円卓"に座る事を認められた十三名。
それ以外の者は宮廷魔術師マーリンが施した"資格無き者を拒み阻む魔術"によって"円卓"に近づく事すらできないのだ。

ガレスも“円卓の騎士”第七席として"円卓"の席を与えられている。
そんな彼女が偶然、“円卓の騎士”に選ばれなかった騎士達の陰口を聞いてしまった。

──何故あの様な若輩者が選ばれたのでしょうか。
──よりによって、あんなヒヨッ子ごときが!
──ガウェイン卿とガヘリス卿の御兄弟ねぇ。身内贔屓というやつか…。
──これではアグラヴェインが益々幅を利かせるぞ…。忌々しい…!
──"最優の騎士"ランスロット卿も人を見る目は無い様だな。
──王はこの決定に何も仰られないというのか!?

そこから先の言葉は耳に入らず、逃げる様にその場から立ち去った事だけは覚えている。
少なくない数の騎士達が、ガレスが"円卓"に座れる事に不満を抱いている事を知ってしまったのだ。

「私が悪く言われるのは良いんです…。未熟なのは自分でもわかってますから…。でも、そのせいで兄様達にランスロット卿、陛下が悪いみたいに言われるのが悔しくって…」
「……それで、私の槍を?」
「はい…。この前の槍試合の選別、私もランスロット卿と一緒に見てたんです」

『我が槍を扱えるものはあるか! 扱えぬものにキャメロットに入る資格なし!!』

先日キャメロットで開かれた槍試合。先の言葉を言い放ったワイは、出場者に件の巨大鉄槍を手渡したのだ。
名のある騎士達の多くが槍を取り落とし、槍に潰されて運ばれる者さえ出た。
キャメロット側の騎士として外部の者を審査する立場だったランスロットと共に、ガレスもその光景を目の当たりにしていた。

「ワイ卿の槍を使う事が出来れば他の人達にも認めてもらえると思って、ごめんなさい…」
「確かに…、私以外でこの槍を振るえるのはランスロット卿、ガウェイン卿、パーシヴァル卿、ぺリノア王ぐらいですからね…」

何れも錚々たる顔ぶれである。
彼らと同等の力を有している事を証明出来れば、他の騎士達も納得せざるを得ないだろう。
尤も、槍を持ち上げられなかった事でガレスの当ては外れてしまった。

「…やっぱり、駄目ですね…私。他の人達が言う通り、『若輩者』『ヒヨッ子』『キャメロットに入る資格のない者』なのかな……」

自嘲するガレスの声は震えていた。ガレスの話を聞き終わったワイの口から出たのは───

「──ハァ………」

───呆れの感情がたっぷりと込められた溜息だった。

「自分達も陛下に認められた騎士である事に違いはないのだから腐らずに堂々としていれば良いものを…。"円卓"に座れる、座れない一つで全く情けない…」
「ワイ卿…。お言葉は嬉しいのですが、私の未熟さがなければ…」
「貴女もですよガレス」
「え?」

ガレスは面食らってしまった。陰口を叩いた他の騎士達を腐す事で自分を慰めてくれていると捉えたのだが、どうやら卑下する自分を叱る意味合いも込められていたらしい。

「貴女が“円卓の騎士”に選ばれたのは、陛下やランスロット卿、他の円卓の方々が、貴女の勇気と実力を認めて下さったからなのですよ。あまり自分を悪く言いすぎると、その人達への失礼になってしまいます」
「ワイ卿…」
「……それと、槍試合の事は参考にしなくていいです。あの後ケイ卿にこっぴどく叱られて…」

──あんな足切りの仕方があるか!槍試合は技を競うのが目的なんだぞ!お前のクソデカい槍持ててもなんの意味もないんだよ!むしろお前が普通の槍使ったら出場しようとしたヤツらに勝てんのか!?それに槍試合は基本的に馬に騎乗してやんだぞ!あのクソ重ェ槍持ったまま走れる馬がいるか!?そもそもお前が乗れる馬がいるか!?話ちゃんと聞いてんのかこの馬鹿弟子が!!

治まる事無い叱責の嵐。ケイの説教は勢いが落ちないまま小一時間にも及んだ事を、苦笑いを浮かべて遠い目になりながらワイはガレスに語った。

「ケイ殿ひどい!あんまりですよ!自分だってそんな強くない癖して!ケイ殿をはっ倒した時以来ですよ!こんなにも腹が立ったの!!」
「ふふ…、やっといつもの元気なガレスに戻ってくれました」
「あ…」

ワイに言われてガレスは気付いた。先程まで心の中に渦巻いていた惨めさや悔しさが、いつの間にか綺麗サッパリ消え去っていた。
ガレスがその事に惚けていると、ワイは大きな手でガレスの頭を撫でながら話を続けた。

「ガレスはまだ若いんです。心配しなくとも今よりもっと強くなれますよ。ケイ卿をはっ倒した時の気持ちを忘れなければね」
「私…、あの時夢中でした。なんというか、こう、『負けるもんか!』って気持ちでいっぱいで…」
「貴女がその気持ちを持って鍛練を続ければ、いつかランスロット卿も、ガウェイン卿も越える素晴らしい騎士になります。だから、頑張るのはこれからですよ。ガレス」
「ワイ卿…、………はい!私、もう未熟だからってくよくよしません!そんな暇があったら、もっと強くなるためにたくさん頑張ります!!」

そのまま少し話をした後、夜も遅いので解散の流れとなった。

「それでは、おやすみなさいガレス」
「はい!ワイ卿!私、いつか絶対あの槍を使いこなせる様になります!その時は私と槍試合をしてくださいね!約束ですよ!」
「ええ!受けて立ちます!私もその時までに、乗れる馬を見つけておきますので!」
「おやすみなさい!また明日!」

元気に走り去って行くガレスを見届けたワイは、近くに置いてある自らの得物である巨大鉄槍に目をやる。
元々ガレスは槍捌きはキャメロットの中で卓越しているのだ。そんな彼女がこの槍を扱える程の膂力を身につけたならば、自分はもちろんの事、“円卓の騎士”であっても彼女に太刀打ち出来る者はいなくなる。
ガレスを“円卓の騎士”に推薦したランスロット卿も、彼女の"将来性"こそが一番の強さだと見抜いていたのだろう。
陛下の傍らに“円卓の騎士”最強の実力を身に付けたガレスが並び立ち、仲間達と共にブリテンを素晴らしい国へと発展させて行く。

そんな輝かしい未来を掴みとった可愛い妹分の姿に思いを馳せながら、ワイは中断していた部屋の戸締まり確認の作業に戻って行った。
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