おんj用


 遠い未来の悪役令嬢
プロローグ
 何時もよりふかふかなベットの上で、私はギギギになっている事に気がついた。
 髪を触っても、私の髪とは比べ物にならないほどさらさらだった。
 うらやましいな、くそう。
 私の記憶の中で、「ギギギ」というキャラは濃い存在感を残している。
 ゲーム冒頭でギギギという令嬢が同性愛ウィルスをバラ撒こうとしているので、それを止めなければいけないという事が告げられる。
 それだけで無数のギャルゲーをプレイしている私の記憶に残る程のインパクトだが、それでいて彼女は格好良い悪役を貫いている。
 そのギャップがギャルゲープレイヤーの心を掴み、ファンアートは彼女が大半を占め…
 それらはどうでも良いとして、問題は私がそのギギギになっているという事だ。
 何でギギギに…と考えていると、頭が痛んできた。
 うわ、これ、めっちゃ痛い。
 痛みは波がある様で、堪えられない程では無い…と思う。
 そう思いながら痛みに耐えていると、少し洒落にならない痛みが押し寄せて来たので、私はベットの上で頭を抱えて耐えた。
 そういえばこんなに頭が痛くなったのは久しぶりだ。
 間違ってインターネットにダイブした時以来だろうか。
 ん?いや、私はそんな経験した事無いぞ?
 いや、それより私が悪役令嬢ってなんだ?
 私が架空の人物か?馬鹿馬鹿しい。いや馬鹿馬鹿しくない。
 いや、何で私がそんな思考を?
 また痛みが押し寄せて来る。
 あ、これ、やばいやつ?
 気づけば私は痛みに気を失っていた。 

 痛みから目を覚ますと、私の意識の混乱は無くなっていた。
 むしろクリアになった位だ。
 状況を整理してみる。
 昨日、私、朝倉舞香は乙女ゲーを学校に遅刻しないギリギリまでプレイし、ベットで寝た。
 そして…昨日、私、ギギギは、埼玉市長の娘として東京を夢見てベットて寝た筈だ。
 つまり、私は昨日、二つの記憶を手に入れた事になるらしい。
 二つの記憶があると言う事は、二つの記憶それぞれが混じり合った人格が形成されるという事だ。
 そうして見ると今の私は、ギギギでも朝倉舞香でも無い新しい「私」であるかも知れない。
 …まあ、そんな事を考えるのは哲学者に任せる事にしよう。
 重要なのは、私がギギギで、まだ東京を征服していないという事だ。
 ギャルゲーの中では「ギギギが東京を征服した!」としか書かれていなかったし、どうやって東京を征服したのかさえ分からない。
 確かに東京に憧れは抱くが、朝倉舞香の部分は東京を征服した結果世界の敵となる事を知っているのでそこまでの興味は無い。
 というかそもそもギギギ自身も東京にそこまで憧れていない気もする。
 …分からないな。
 まあこれは後で考えよう。
 そんな事を思っていると、部屋のドアが開かれた。
 細微な機械駆動音に、美形の顔、執事服。
 どうやら執事の晴人らしい。
 サイボーグである彼は、大量の手荷物を一気に持って現れた。
 彼は重そうな様子など欠片も見せず言う。
 「大丈夫でしょうか、お嬢様」
 「ああ、大丈夫だ。ちょっと気を失っただけだ」
 私は立ち上がると、何時もの様な学校の準備を始めた。
 空間にウィンドウを書いて、洋服ファイルを開き、女子学生服を選択し、実行。
 気づけば私は学生服を身に纏っていた。
 その後、私は手慣れた手つきで学校へ行くワープステーションを起動し、装置へと向かう。
 「…お嬢様」
 「何だ?」
 私が振り向くと、彼は変わらず無表情でそこに立っていた。
 「最近、奴らとの接触が目立ちます。御自愛なされるように」
 幾度も言われた言葉に、私は目を伏せて答えた。
 「何度も言っているだろう。私は友人関係に影響されるような存在では無いと」
 私は手早く荷物をまとめると、ワープステーションへと消えた。
 
 第一話
 学校が未だ物理的な空間に集まる形式を取っている事は、世界に残る数少ない「伝統」だと言われています。
 しかし、その伝統も殆ど形骸化しています。
 例えば授業です。
 授業の進行具合は完全にAIに操作されていて、大勢で集まって同一の授業を受ける事はあり得ません。
 『その他はもう教えているので省略します。形骸化していない物で代表的なのは…』
 私作の教師アバターがそこまで話すと、チャイムが脳内に不快にならない程度に響いた。
 『…貴女がこれから体験する自由時間です。では、好きなように過ごしてください』
 すると、瞼が開いた。
 脳内に埋め込まれた超極小のチップは、脳を使ってアプリを使う事が出来る様にする為のものだ。
 今見ていた様なVR空間が基本で、そこをベースとして様々なアプリが起動する。
 目の前には教室が広がっていて、多くの生徒がもうお喋りをしている。
 多分、早めに授業を終わらせて早々に雑談に興じていたのだろう。
 「ん、起きたんですねー、ぎーちゃん」
 声をした方を向くと、隣に凛花がいた。
 「…何でお前がここにいる?」
 私が聞くと、凛花が答えた。
 「飛び級ですよう。成績優秀なんですよ?私」
 凛花は立ち上がると、自分を誇示するかのように手を広げてゆるく回った。
 けっ、ナルシストめ。
 「所で、何でぎーちゃんは飛び級出来ないんです?友達だからじゃないですけど、結構頭良いですよね?」
 凛花はぴたりと回転を止めると、手を広げたまま、目を丸めてこちらを見た。
 凛花は遠慮なくこういう事を聞いてくる。
 まあ、それがこいつの良い所でも有るのだが。
 「私は特別だから、頭の構造と思考回路が人間と違うんだ」
 私がそう言うと、凛花はけらけら笑った。
 「そんな訳無いじゃないですかー!ぎーちゃん明らかに人間ですよう」
 何がそんなに可笑しいのか知らないが、凛花は暫く笑っていた。
 私は少しむっとした。
 「まあ、別に良いですけどねー。ぎーちゃんが特別でも、私がぎーちゃんを愛している事は変わりませんよ」
 凛花はマジな目になってこう言った。
 凛花は所謂レズで、友達になった人に無条件で惚れる。
 こいつもこの癖が無ければまともな友達も出来たろうに…
 人的リソースが貴重になって来た現代日本では、同性愛は悪だ。
 そこを理解して尚それを貫くのだから、本人はそれなりの覚悟を持っているのだろう。
 最も、私はノーマルだが
 「…ちぇっ、ぜんぜん靡かないの」
 凛花はマジな目をやめた。
 「まあいいや、それでですね…」
 凛花が話題を振ってきたので、私はそれに応じる。
 こんな具合で、私達の時間は過ぎて行った。

 一日の授業が終わり、皆それぞれのステーションへと消える頃、私は凛花がクラスメイトに腕を引っ張られて教室を出る所を目撃した。
 このご時世、教室から出ても運動するぐらいしかやる事は無いし、凛花はリアルスポーツよりVRスポーツ派だ。
 特に凛花が教室を出て何かをする必要は無い様に思える。
 …なんだろう。
 少し気になった私は、凛花の後を追った。

 私はずっと考え続けていた。
 あの時こうしてれば幸せになれたのか、とか、あの時はどうすれば良かったのか、とか。
 そういった所謂後悔は、これからの事に蟻の糞程にしか役に立たないが、私の当時の心情を推し量るには役に立つ。
 それでもあの時、あの激動の時には誰もが極限状態で、そう易々と感情を理解する事は難しい。
 でも、一つはっきりしている事がある。
 私はあの子を助けたかったのだ。

 私が凛花を尾行していると、凛花とクラスメイト達の会話が嫌でも聞こえてきた。
 その会話を聞く限り、凛花とクラスメイト達は余り仲が良い様には思えなかった。
 いや、むしろ、この関係は…
 クラスメイト達と凛花は少し開けた人目の無い所まで来ると、クラスメイト達が止まった。
 すると、凛花に向けてニヤニヤしながら何かを喋り出した。
 こちらからは凛花の顔は死角になって見えないが、凛花が何か喋ると、クラスメイトの一人は何か言葉を吐いた。
 凛花は項垂れて、何かを叫んだ。
 クラスメイト達はそれによって激昂したのか、凛花に向けて拳を振り上げた。
 私は気づけばクラスメイトに向けて大きく踏み込んでいた。
 私はクラスメイトに近寄ると、腕をつかんだ。
 ほぼ無意識のうちに口から言葉が漏れ出す。
 「おい…」
 私が突然現れて腕を掴んだ事に驚いたのか、クラスメイト達は顔を青くして逃げて行った。
 私はクラスメイト達に視界から消えるまで視線を送り続けると、一人残った凛花に視線を向けた。
 凛花はこちらを向くと、泣き笑いの様な表情を作った。

一緒に壁にもたれかかっていると、凛花はぽつりぽつりと事情を話し始めた。
 いじめは前々から続いていた事らしい。
 その度に凛花は殴られ、時にはクレジットを要求される事もあったという。
 「どうして言わなかったんだ」
 私がそう聞くと、凛花は自嘲する様な笑みを作った。
 「…なんででしょうね。私にも、よく分からないんですよ」
 そう言うと、凛花の表情は口の端を少し吊り上げただけの物になり、彼女は演算機械のカバーたちとまばらな建物がが陰影を作る地平線へと目線を向けた。
 私もつられて地平線を見る。
 クラスから浮いている事自体は知っていたが、いじめまで受けているとは思わなかった。
 …そういえば、私はいじめの現場を見たことがあったな。
 あの時は横目でちらりと現場を見ただけだったが、被害者がこちらを見る時の期待と情けなさが混ざった目が今でも忘れられない。
 …もし、あの時踏み出せていたら。
 もし、あの人を助けられたら。
 私はその考えを下を向いて打ち消す。
 しかし、影の中にあの目が見えるような気がしてならない。
 何を考えているんだ、私は。
 父さまからも言いつけられていることだ、このまま縁を切ってしまえば良い。
 確かに、ギギギはそれでいいかもしれない。
 でも、朝倉舞香は違う。
 朝倉舞香は、いじめられている親友を見捨てたりしない。
 「ねぇ」
 気づくと私は口を開いていた。
 「私に協力できる事、あるか?」
 凛花はそれを聞くと、驚いた顔をして一瞬固まった後、うれしそうな目になった。
 「…ずいぶん優しくなったんですね、ぎーちゃん」
 凛花はそういうと、いじめの事を話し始めた。
 彼女の話は殆ど愚痴のようなもので、具体的な方法は彼女の口から出てこなかった。
 私はその話に大した興味は抱けなかったが、それをしゃべることで凛花の気が晴れるならそれでも良いと思った。
 凛花は話が終わると、おずおずといった様子でこちらを見た。
 凛花が口を開く。
 「今日は、ありがとうございました」
 「私が話に付き合ってやったんだ。感謝すると良い」
 私はそう言ってちょっとわざとらしく胸を張る。
 「…やっぱり、変わりませんねー。ぎーちゃんは」
 凛花はそう呟くと、含むように軽く笑った。
 「さっさと行くぞ。私にはやることがあるんだ」
 私はくるりと方向転換すると、帰り道を歩き始めた。
 「解りましたよー」
 凛花が私の後を追った。
 
 その後、凛花とはいじめの対策をしつつ、普通に過ごした。
 いじめの原因は凛花自身も良く解らないらしく、
 「良く解らないけど、いじめてくるんですよねー」
 と気軽に言っていた。
 対策は単純で、私がステーションまで一緒にいるというものだ。
 いじめっ子たちの立ち位置を鑑みるに、この方法だと凛花は私以外の友達がいなくなる。
 その事を本人に聞いてみたが、本人は友人はぎーちゃんがいるならそれで良い、と言い放った。
 …まあ本人が良いなら良いんだけど。
 大事なのは、本人の感情であって、私の常識に当てはめてどうこう言うことではないのだから。

 それから、半年ほど過ぎた頃。
 私は、発電装置の上を駆けていた。
 今、この世界はワープステーションにより物理的制約がなくなったため、建物以外の土地は殆どが人間が使う莫大な電力を補う為の発電装置で埋められている。
 しかし。
 土木工事の技術も紛失して久しい現代、どうしても機械の手が届かず、放置されている場所が多々ある。
 私は父上からの命令もあって、それらを回って、有用なものが残されていないか調べている訳だ。
 そんなことを考えているうちに、目的地が見えてきた。
 それは今や珍しい天然色の緑に染まっていた。
 私はそれから2~3m位の所で止まり、その建物を観察した。
 何かから守るようにぐるりと内側を囲う城壁は、好き勝手植物に浸食されている。
 辺りには所々水路の跡がある。
 私はそれをある種の感慨深さを持って見つめていた。
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