流し雛と付喪神


「なあ、木下って昔からそんな感じだったの?」

デートの最中。
俺の隣を歩く後輩兼恋人に
ふと最近思っていた疑問をぶつけてみた。

「そんな感じって?」
「いやなんというか……木下っていっつも元気でニコニコで明るいじゃん」
「うふん。もっと誉めてもいいのよセンパイ?」
「そういうお調子者のとことかもな」
「へへー」

大して悪びれることもなく、
そう言って木下はいつも通り笑った。

「……昔はこんなじゃなかった、って言ったら信じます?センパイ」
「えっ」

不意に普段の木下にはないシリアス。
予期せぬトーンに俺は面食らった。

「うーん……信じるかどうかというより、そんな木下が想像出来ないというのが今の俺の答え、かな」
「簡単に信じる信じないと答えるんじゃなくて
ちゃんと考えて言葉を返してくれるからセンパイ好き」
「そーゆーのはいいから」

照れくさくて木下の頭をポンと叩く。
自分からシリアスモードにしといてそこで茶化すのはナシだろう?
そんな俺の内心が伝わったのか、
木下は自分の頭にある俺の手をそっと外すと
沈みかけている夕陽を見やったまま呟いた。

「……流し雛って知ってますかセンパイ」

夕陽に照らされたシリアスな木下は、
俺が知らない表情をしていた。


「確か……雛祭りの原型と言われた行事だったよな」
「そうです。女の子の健やかな成長を祈る為に
穢れや不幸を紙の人形に移して流す……」

そこまで言うと確認するように視線を合わせる木下。
俺は黙って先を促す。

「流し雛の話を知ったのが確か小学校高学年くらいだった……かな。
初めてその話を聞いた時、可哀想だと思ったんです」
「何が?」
「紙のお人形が」
「人形が?」
「だって人の穢れや不幸を引き受ける為だけに作られた生命なんてあんまりじゃないですか」

可哀想。生命。ああそうか、こいつは……。

「人のそうした部分を引き受けた時、お人形はどんな気持ちだったんだろうって。
少なくとも気分良いはずはないですよね」

そして気持ち、か。
やはり木下は人形をただの物としては見ていない。

「原型とはいえ、現代の雛人形にもそうした部分が少しはあるのかなって
家に飾られてた雛人形を見た時、思ったんです」

いや、この思考は付喪神の精神かもしれない。
人形(もの)にも感情(こころ)はあると。

「その時、だったらせめて自分は強く明るくなろうと」
「人形が嫌な思いをしないように?」
「はい。穢れや不幸をはね除けちゃうくらい、
自分が強くなればいいのかなって。
そしたらお人形さん達も楽しくいられるんじゃないかって。
そんな風にしてたら……今はこんなんなっちゃいましたー!」

最後は照れ隠しでいつものテンションに戻る木下。
明かされた彼女の想いに俺はどう応えるべきか悩み、

「……そっか」

結局ただそう言って木下の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。

「へへー」

木下は嫌がる素振りも見せず、なすがままにされている。
それは確かに、いつも通りの木下だった。

「……よっし、そんじゃ今日は俺が好きな物全部奢ってやろう」

なんとなくシリアスな空気が
むず痒かった俺はそう言ってパンと両手を叩いた。

「ほんとですかぁ?!じゃあセンパイ破産させる勢いで食べちゃいますね!」

それまでのシリアスはどこへやら、
奢ると言った途端これだ。
表情がコロコロ変わる木下は見てて飽きない。

「お前どんだけ食う気だよ……」
「そうと決まれば行きましょうセンパイ!」

俺の呟きも聞こえぬとばかりに木下は走り出す。


今日は3月3日、雛祭り。
女の子の健やかな成長を祈る日。

「センパーイ、早くぅ!」

物思いにふける俺を置き去りにして
木下は遥か先で手を振っている。

ならば俺も祈ろう。

ちょっと騒がしいけど人形にも人のように愛情を注げる、
心優しい俺の恋人に。
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