追われる人


人間の歩く速度は時速4キロ程とされる。理論上は60キロまで出せるとか言われてはいるが、普通に生きていればそんな15倍の速度は要らない。

だが今の私には15倍の速度が必要だった。それでも足りないぐらいだ。速度とは何かに追われて初めて必要となる。

そう、私は追われている。新宿駅。これだけの人がいても、誰もあの残忍で冷酷な暗殺者から私を助けてはくれない。平気な顔をして時速4キロで歩いている。

邪魔だ邪魔だ邪魔だ!

道いっぱいに広がる女子高生の群れ。
「まだまだ階段ぐらい登れるわい」と言いたげにゆっくりと登る老人。
定期券をスーツのどのポケットにしまったか忘れた馬鹿な新卒達。

死に追われるこの私を、お前たちごときの分際で何故時速4キロに留めておくのだ。お前たちには聞こえないのか、あの猟奇的な足音が!低く鳴り響く唸り声が?この死臭が臭わないのか!

この雑魚の群れを掻き分け、私の目に救いが飛び込んできた。あの二人だ!あの二人の元にさえ辿り着けば、私は救われる!

この二人はいつも一緒にいる。お決まりの赤と青の服装で隣り合っている。彼らが嘘をついたことはない。そして私たちがこの暗殺者に追われている時、最終的に助けてくれるのは彼らだけなのだ。

私は全力で駆け出した。出ている。明らかに60キロ以上が出ているに違いない。4キロの馬鹿どもを押し退け、ぐんぐん進んでいく。

しかし、この人体の限界への挑戦が、暗殺者には気に入らなかったらしい。彼は突然凄まじい勢いで私を追い始めた。

もうすぐそこまで来ている。赤と青の二人が目の前だと言うのに、無限の空間がその前に広がった。一歩も動ける気がしない。必死に堰き止めていた恐怖が溢れ出しそうだった。汗がその予兆として決壊する。


しかし、ここで私は人間の進化の歴史に思考を飛ばした。人類は常に進み続けた。どんなに遅い歩みでも、進むことだけはやめなかったから今日があるのだ。

ゆっくりと、確実に足を前へ進める。ヨロヨロと、時速1キロにも満たない足取りで。だが、これこそが人間なのだ。暗殺者よ、これでよかったのだろう!



こうしてどうにかトイレに辿り着いた私だったが、生憎満員だった。
あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )
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